読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

脳内に凶悪なアンチを飼う日々

他人の気持ちを慮るのが苦手な子供だった。「なぜそう考え、そう行動するのか」ということを考えられないので、かなり傍若無人なふるまいをしていたと思う。長じるにつれ、そんな自分の性質が他人に迷惑をかけ、周囲から浮く要因になるのだと気がついた。それからは、「なぜ、この人はこのように発言したのか」「どう考えたらこう行動するのか」という想像をめいっぱい働かせるようになった。

そんな中で、どうしても何を考えているのか、想像すらできないような人がいた。行動に脈絡がない。明確な悪意というのでもなく、息を吐くように困ったことをする/言う。ただただ意味がわからなかった。それまで他人に対する好き嫌いがそれほどないクチだったが、その人のことははっきりと嫌いだった。憎んでいたと言ってもいいほどだ。

プライベートな人づきあいであれば遠ざかればいいが、その人とは日常的に行動をともにしなければならなかった。その人の頭の中を想像することはできなかったが、だんだんと言動をトレースできるようになっていった。「あの人ならこういう意味わからんこと言うだろう(クッソ迷惑だけど)」「次にこういうことをしでかすだろう(そしたらフォローしなきゃ)」と悲観的に予測するうちに、脳内にはその人の悪いところだけ抽出したような人格が形成されていた(そして悲しいかな、その予測が大きく外れることはなかった)。

冒頭に書いたように、私は他人の心情を自然に慮ることができない。共感するのではなく、頭で一生懸命に「こうなんじゃないかな」と考えるだけだ。そのもとになるのは単純なロジック(らしきもの)である。この人はAのときにBと言っていたから、A'ならB'と言うだろう、という想像。ある人の言動に関して不快な思いをし続けると、だんだんその反復がエスカレートしていって、悪いところだけ煮詰めたようになってしまうわけだ。

たとえばネットで、テレビで、新聞で、自分の考えと対極にあるような論調をみたとする。心情や主義・主張を慮れるものならいいが、まったく理解できないようなものだと尾を引く。まず論旨が自分の考えと対極にある段階で否定された気分になっているので、ムダに攻撃的に想像してしまう。「どうせこんなふうに思うんだろう」「絶対こんなヒドいことを言う」と。実在の人々の悪い部分を純粋培養したような、凶悪な脳内アンチのできあがりである。これは精神衛生上、非常によくない。攻撃性も高まっちゃうし。

他人への共感性が低めの私ではあるが、できるだけ人にやさしく、迷惑をかけずに生きていきたい。なので、こういう考え方は止めたいと思っているんだけどなぁ。どうしたもんでしょうか。